島嶼国家インドネシアで進む「ドローン物流」を、規制(SORA/BVLOS)、UTM(無人機交通管理)、通信インフラ、医療・災害・離島・都市のユースケース、新首都ヌサンタラ(Nusantara)、主要プレイヤー、市場・投資、社会受容と安全の順に、**"技術"ではなく"運用と制度の実装"**として整理する。
結論を先に言えば、インドネシアのドローン物流は「機体の性能競争」よりも、「SORAに基づく安全評価と、UTMを核とする空域運用のデジタル化」が普及速度を決める局面に入っている。
なぜインドネシアでドローン物流なのか:島嶼国家の"地理がコストを生む"構造
インドネシアは約19,000の島々からなる広大な群島国家で、物流は道路・港湾・航空が複合する。ここで問題になるのは「距離」よりも「分断」だ。島を跨ぐ輸送、山間部のアクセス、災害による寸断が日常的に発生し、結果として物流コストが高止まりしやすい。ドローン物流はこの"分断コスト"を、インフラ整備より短い時間軸で部分的に迂回できる点に価値がある。
さらに、ドローン物流が入り込みやすいのは、(a)医療・ワクチン・検体のような緊急性が高い領域、(b)災害時の救援物資など「代替手段が失われる」領域、(c)離島の定期補給や遠隔地の行政サービスなど「既存輸送が細い」領域である。これらは"ラストマイルの利便性"より先に社会的正当性を得やすい。
規制が普及のボトルネックであり、同時に"普及の設計図"でもある
インドネシアの基本枠組み:CASR 107を土台に、拡張運用はリスク評価へ
インドネシアの無人航空機運用は、基本運用(小型UAS中心)を規定する枠組みを土台に、そこから外れる運用(BVLOS、夜間、マルチドローン、貨物など)をリスク評価・特別承認で積み上げていく設計になっている。この構造は、制度が未成熟であればあるほど「例外承認が詰まる」一方、制度が整っていけば「運用がスケールする」ため、産業側が規制当局と"制度実装"を共同で進めるインセンティブが生まれる。
SORA(Specific Operations Risk Assessment)がBVLOSの実務を規定し始めた
BVLOS(目視外飛行)は物流ドローンの"射程"を決める中核要素だが、インドネシアではSORAの考え方が実務に入ってきたことが重要である。DGCAのPolicy Letter(PL)29/2024はSORAに関する文書として参照でき、**"基本運用を超える飛行はリスク評価が必要"**という整理がより明確になる。
ICAOのワークショップ資料でも、インドネシアのUAS分類や、基本運用の制限(VLOS/Daylight等)と、拡張運用にSORAが必要であることが明示されている。つまり、BVLOS物流の普及は「当局がBVLOSを許すか否か」ではなく、**"SORAで安全を説明できる運航主体が増えるか"**の勝負になりつつある。
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UTMが"ドローン物流のインフラ化"を決める:Sentul City実証の意味
UTMとは何か:空域の交通整理を人手からデジタルへ
物流がスケールすると、機体を増やすだけでは危険が増える。特に低高度空域で複数機が同時に飛ぶと、衝突回避、ジオフェンス遵守、緊急時対応、有人航空との整合などが、個社の運用努力だけでは限界を迎える。これを"空域のOS"として支えるのがUTM(UAS Traffic Management)である。
2025年1月、Sentul Cityでのマルチドローン運用実証が示したもの
Uniflyの発表によれば、インドネシア初のマルチドローン運用実証が2025年1月22〜23日にジャカルタ郊外Sentul Cityで行われ、複数機をUTMで管理する取り組みが示された。ここで重要なのは、「物流用途を含む多用途シナリオ(農業・物流・監視)」を、ADS-BやRemote ID等を前提に、UTMプラットフォーム上で可視化・管理する絵が描かれた点である。
また、同実証は日本の経済産業省(METI)の"グローバルサウス産業協力"文脈(技術移転を通じた制度・市場づくり)とも結びついて語られている。これは、UTMが単なるIT製品ではなく、国の航空インフラの一部として実装されることを意味する。
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通信インフラがBVLOSとUTMの"現実"を決める:Palapa Ringと5Gの地政学
ドローン物流の議論はしばしば「機体の航続距離」へ寄るが、実際には低高度での安定運航、追跡、管制連携を行うなら通信が支配的になる。インドネシアでは、携帯ネットワークは島嶼国家の主要なインターネット手段であり、通信品質の底上げはドローン物流の前提条件だ。Ooklaの分析では、インドネシア全体のモバイル速度向上や、地域横断での改善が示され、4G Availabilityの拡大、5Gの段階的展開の状況が整理されている。
ここで押さえるべき論点は次の二つだ。第一に、**UTMは"常時接続を前提とした交通管理"**であり、通信の不安定さは即、運用コスト(冗長化、監視要員、運航停止)に跳ね返る。第二に、インドネシアの5G展開が都市・重点地域中心である以上、当面のドローン物流は「都市のラストマイル」よりも「離島・僻地の必要性が高い領域」で伸びる一方、運用は4Gと衛星等の冗長性設計が要点になる。
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ユースケース:医療・災害・離島・都市ラストマイルは「同じ物流」ではない
医療:最初に社会的正当性を得る領域
医療配送(医薬品、血液、検体、ワクチン等)は、ドローン物流が最初に社会受容を得やすい典型領域だ。理由は明確で、失敗コスト(届かない、遅れる)が生命に直結し、代替手段が限られる場所が多いからだ。インドネシアのドローン物流議論でも、医療は"公共サービス"として位置づけやすく、制度・予算と接続しやすい。
災害:平時の効率化ではなく"輸送の冗長系"
災害対応は、ドローン物流が「便利」より「必須」に近づく局面である。道路が切れ、港が機能せず、有人機の運用も制約される状況で、軽量・迅速な輸送は大きな意味を持つ。災害対応や救援物資輸送の体制整備を論じる際、資金・制度・調達が絡むため、政策文書と結びつけた制度的裏付けが重要になる。
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離島・遠隔地:物流ドローンの"本命市場"だが、運用難易度が高い
離島や遠隔地はドローン物流の本命に見える。しかし実務上は、通信、気象、補給(電力・整備)、着陸地点の確保、住民との合意が重なり、運用難易度が高い。つまり、離島物流は「機体を飛ばす」よりも、「運航を続けられる仕組み(拠点運営・整備・電源・監視・当局手続き)」をどう作るかが勝負だ。
都市ラストマイル:最後に伸びる可能性がある領域
都市部のラストマイルは市場が大きく見える一方、低高度空域の混雑、落下リスク、騒音・プライバシー、行政調整などが重く、社会受容のハードルも上がる。したがってインドネシアでは、都市ラストマイルは「医療・災害・公共」などの用途で経験を積み、UTMが整い、保険・責任体系が整備されて初めて本格化する、という時系列で描くのが現実的である。
新首都ヌサンタラ(Nusantara)は"空の物流を最初から組み込める"実験場
新首都ヌサンタラは、既存都市の制約(過密、渋滞、洪水リスクなど)を回避するために構想される「グリーンフィールドの都市開発」であり、ここがドローン物流・AAMにとって特別な意味を持つ。Egisの論考では、ヌサンタラが「地上交通のマスタープラン」と「インテリジェントなモビリティ・エコシステム」を設計する中で、AAM(ドローンとeVTOLを含む)を段階導入する構想が示されている。
特に注目すべきは、(1)医療ニーズの小包配送(ドローン)(2)eVTOLによる救急・空港シャトル等が長期で視野に入っている点、(3)導入には規制枠組み・空域再設計・デジタル交通管理が不可欠と明言されている点だ。つまりヌサンタラは、ドローン物流を単体サービスとしてではなく、都市のデジタル基盤(UTM等)と一体で設計する場になり得る。
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主要プレイヤー:UTMを握る者が"空の物流"を握る
Terra Drone:運航・点検だけでなく、UTMそのものへ
インドネシアの文脈で象徴的なのは、Terra DroneがUTMを「空のインフラ」として位置づけ、制度・実証・商用化を段階的に進めている点である。Terra Droneの発表では、METIの補助金(最大5億円規模の枠)に採択され、ジャカルタや新首都ヌサンタラ等でのUTM実証・社会実装を進める旨が述べられている。
この文脈で重要なのは、Terra Droneを「ドローンサービス企業」としてだけ捉えるのではなく、**UTM(空域管理)と結びついた"エコシステム型プレイヤー"**として位置づけることだ。物流ドローンの採算は機体単体で完結せず、運航承認、空域調整、監視、保険、通信冗長化などのコストが積み上がる。これを下げる最短ルートは、UTMを共通基盤化して規模の経済を働かせることである。
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Unifly:実装実績のあるUTMプラットフォーム
Uniflyは、Sentul Cityでの実証においてUTMのリアルタイム管理を示し、農業・物流・監視のシナリオで複数機運用を可視化した。UTMを「必要性は理解されているが、導入は難しい」概念ではなく、具体的なデモの場とセットで理解することが重要だ。
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市場規模と投資:成長の"数字"はあるが、勝負は収益モデルの設計
IMARCの公開ページでは、インドネシアのドローン市場規模が2024年に約3.97億ドル、2033年に約9.68億ドルへ拡大し、CAGR 10.42%と見込まれるとされる。物流を含む複数産業(農業、インフラ、防衛等)の需要が成長要因として挙げられている。
ただし、"市場が伸びる"だけでは不十分だ。ここで踏み込むべきは、ドローン物流が「どの収益モデルで成立するか」だ。一般に候補は三つある。
第一に、医療・災害・公共サービス型(行政・公的機関が費用負担)――社会的正当性が高く、導入は速い。第二に、企業B2B型(鉱山・エネルギー・プランテーション等の拠点間輸送)――運用を閉じた空域・敷地で作れるため制度負担が軽い場合がある。第三に、都市ラストマイル型(EC・宅配)――市場は大きいが、制度・社会受容・UTMが揃うまで時間がかかる。インドネシアはこの"順番"が比較的はっきり出る国だと言える。
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AAM(eVTOL含む)へ拡張する前に、ドローン物流は"制度の筋トレ"をしている
ICAOの資料では、インドネシア当局がAAM(eVTOL)について、既存規則の適応やリスクベースの規制アプローチ、インフラ(バーティポート、充電、MRO、UTM)などを論点として挙げている。重要なのは、AAMが"突然来る未来"ではなく、UAS(ドローン)の制度運用で培った仕組みを、より複雑な航空モビリティへ拡張するという順序で語られている点だ。
この意味で、インドネシアのドローン物流を追うことは、AAMの"前段の社会実装"を追うことでもある。ヌサンタラが象徴するように、都市の設計・規制・空域管理の統合が進むほど、物流ドローンは単発の実証ではなく、都市サービスや公共サービスとして日常化していく可能性が高い。
参考リンク
- ICAO ワークショップ資料 - RPAS Ecosystem / AAM Regulatory Framework
- Egis - Integrating AAM into Nusantara's Smart City Blueprint
社会受容と安全:最後に残るのは「落下・衝突・責任」の説明責任
ドローン物流は、便利さよりも先に「危ないのでは」という直感的懸念を呼びやすい。そのため、制度(SORA)、UTM(可視化と交通管理)、通信(追跡)、そして保険や責任体系がセットで整備されないと、都市部での本格展開は難しい。ICAO資料でも最後に"Public Acceptance?"が問いとして立てられており、制度実装の終点が社会受容であることが示唆される。
したがって、事業者側の戦略としては、医療・災害・公共サービスなど「必要性が理解されやすい領域」で安全実績を積み、UTM等の運用基盤を整え、段階的に都市ラストマイルへ広げる、というシナリオが合理的になる。
2026年以降のシナリオ:ドローン物流は"普及"ではなく"統合"のフェーズへ
シナリオA:UTMが先に立ち、都市圏と新首都でスケール(加速)
Sentul City実証の延長線上でUTMが制度と結びつき、ジャカルタ圏とヌサンタラで運用標準が固まる。医療・インフラ監視・拠点間輸送が先行し、都市ラストマイルは限定区域から始まる。
シナリオB:離島・僻地での公共用途が中心に拡大(段階的)
通信や拠点整備の制約から、離島医療・災害・公共サービス用途での導入が続く。都市部は社会受容と制度整備が追いつくまで時間を要する。
シナリオC:制度・社会受容が詰まり、実証止まりが増える(遅延)
SORA運用の負担、保険・責任体系、自治体調整などがボトルネック化し、事業は点在するがネットワーク化しない。AAMへの拡張も遅れる。
日本企業・日本の読者にとっての示唆:勝ち筋は「機体」より「運用基盤」
インドネシアでのドローン物流の勝ち筋は、機体単体の販売よりも、(1)UTM/運航管理(2)通信冗長化(3)安全評価(SORA運用支援)(4)保険・責任設計(5)拠点オペレーション(整備・充電・訓練)にある。Terra Droneの事例が示す通り、制度と実装の接点に入った企業が、エコシステム全体の設計側に回れる可能性が高い。
参考リンク一覧
規制・制度
UTM・実証
- Unifly - UTM Technology for Multi-Drone Operations in Indonesia
- Terra Drone - METI補助金採択・インドネシアでのUTM展開
